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そんなことをみつけられた人は幸せだと思います。

達成できようができまいがとにかく一生取り組めること。
テンションが上がる日も下がる日もいつもそのことを考えている。

もし、そんなことをみつけたなら、たとえ受験の結果が
どうであろうが、そんなものは些細なことだと思えるのでは
ないでしょうかね。

今、受験シーズンの終盤なのかな。
まだこれからの人はラストスパート頑張ってくださいね~
でも結果はどっちになってもOKです!

時期に合わせてちょっとつぶやいてみました。(笑)



時代が変わっても学校でのいじめはなくなりませんね。

お子さんのいる家庭だと、自分の子にも「いじめはダメだ」と教育していると思います。
それは当たり前のこと。
子供も理解しているはずです。

でもいじめはなくならない。
見えないところでいじめが発生します。

そんな中で、自分の子がいじめていた、あるいはいじめられていた、という事実を知ったとします。
どちらにしても親としてはすごく腹立たしいような複雑な感情が芽生えることだと思います。
自分の子を問い詰め、学校の先生や相手の親にも直接話し合いに行く、というほど感情が高ぶることもあるでしょう。
大声で怒って子供に恐怖を与えてでもいじめをやめさせようとする親もいますね。
気持ちは分かります。

ただ「いじめはダメだ」と言う前にしなきゃいけないことがあると思うんです。
それは・・・
まず大人が世の中から戦争をなくしてみせることです。
その他、いろんな差別なんかもありますね。
そういうのをなくしてみせるのが先ではないでしょうか。
(もっと身近には職場でのいやがらせ、パワハラなどもありますがそれは労働という要素を加味する必要があるのでここでは触れないことにします。)

戦争や差別は言ってみれば、子供の喧嘩やいじめの中にある感情が増大したものだと思います。
根っこにあるものはまったく同じかもしれません。
とすれば、まず大人がそんなものを全部なくしてみてから子供たちに「いじめはダメだ」と言うべきに思います。
それもできずに、子供だけにそれを言っても何の説得力もないですからね。

かといっても戦争や差別は簡単になくすことができない現実がありますよね。
どれだけ願っても大声で叫んでもなくせていません。
いじめも同じこと。

つまり、現状では残念ながら、いじめはあってしかり、ということですね。
あと何世紀も経てば、戦争や差別などはこの世からなくなり、いじめもなくなっているかもしれないですが。
少なくとも私たちが生きている間はいじめは必ず存在する中で生きていけなければいけません。

ただただ子供に「いじめはダメだ」と言ってもなくならないのはそういうことです。
まずは大人がその矛盾を理解し反省しなければなりません。
反省してもどうにもならないですがまずは大人が反省する。

なので、いじめをするなと言う前には、必ず「世の中には理不尽な戦争や差別があるようにいじめもある」ということを伝えなきゃいけないと思います。
その上で「いじめはダメだ」と初めて子供に言うことができるのではないでしょうか。


このブログのテーマでもある「競争のない世界」ですが
残念ながらそんな世界は今この地球上に存在しません。

なんだ、いきなり嘘だったんだって感じですよね。(笑)
でも詳しくは後述しますが、嘘でもないのでご安心くださいね。

学校では受験戦争、会社では役職の席の奪い合いといった
競争が常につきまとうというのが現実というのは皆さんも
実感されていると思います。
その中で理不尽ないじめやいやがらせの被害者になったり、
逆に加害者になってしまっていたり。
そこはある意味、サバンナに生きる動物たちの弱肉強食の
世界とさほど変わらないのではないでしょうか。

競争するのが好きな人にとってはそういう場所はちょうど
良いのかもしれないけど、競争が苦手な人にとっては
地獄でしかないですね。

やっぱり競争から逃れることはできないのかな・・・と
意気消沈されたでしょうか。
でも、大丈夫です。

なるべく競争とは無縁の世界に近づくことはできます。
というか、多少の競争があったとしてもそれを競争と
感じず、競争自体を忘れてしまうことはできます。
それを目指すことで、本当に自分にとって居心地の
良いと思える場所を手に入れることができます。

具体的にどうすればいいのかというと・・・

自分の好きなこと、得意なことで生きていけるように、
自分自身をそこに持っていくることなんです。
そういうことだと、競争なんてあまり意識しないで
自分のペースで楽しくできたりするはずなんです。
もっといえば、自分がオーナーや先生になって
自由に運営して自分で人生を切り盛りしていく
という感じですね。

たとえばピアノが好きな人はピアニストとして、あるいは
ピアノ教室の先生として生きている人もたくさんいます。
絵が好きな人、洋裁が好きな人、パソコンが好きな人、
皆それぞれの好きなこと、得意なことを持っていて
自分のペースで仕事をしています。
そういう人たちが、いじめられないようにとか、空気を
読むことばかり考えて仕事をしているかといえば、
かなりの確率でそんなことはしていないですね。
つまりその人たちは集団で仕事をしている人とは
まったく逆の思考と行動をしているということです。

考えてみれば、皆が皆、学校や会社のような集団の中で
学んだり働くことに向いている人だけではないと思います。
なのに、とりあえず皆が皆、学校という集団で学ばせて会社員や
公務員として役立つ人を育てようとすること自体、無理がある
のではないでしょうか。
集団の中で周りより抜きんでるようにと競わされ、一方で
周りとは協調して仲良くしましょうと諭される。
それってどうなんでしょう。
矛盾ですよね。
私自身、学生時代にはその矛盾をなかなか受け入れられ
なかった気がします。

もちろん、そんな矛盾は気にせず、競争しながら協調する
スキルを身に付けて立派な社会人になっている人も
たくさんいるとは思います。
しかし、そのスキルは身につけられず、しかも、せっかくの
才能や個性を活かせず、その後の人生で苦労している人も
意外と多くいる気がします。

それはもったいないことだと思います。

でも自分には何の才能や個性もないなあって思っている
人もいるかもしれませんね。
決してそんなことはありません。
学生時代からそう思い込まされてしまっていただけです。
実は誰にも才能や個性はあります。

もし、なんとなく学校や会社になじめないなという状況が
ずっと続いていて、違和感を抱き続けているようだったら、
それは単に集団の中に向いていなかっただけなんです。

そういう人は、今すぐにでも人生を見直して、自分の
好きなことや得意なことで、個性を活かして、競争のない
世界を目指しましょう!

あけましておめでとうございます!
2019年の始まりと共にこのブログが誕生しました!

突然ですが『サグラダ・ファミリア』ってご存知でしょうか?

1882年の着工から130年以上が経過していながらいまだ未完成という、
スペインにある建築物です。

IMG_0646-2.jpg

◇サグラダ・ファミリア


幾何学的なような宇宙的なような、あるいはジブリのアニメに出てくる
城にも見えるような、なんとも理解不能で奇妙な雰囲気でもあります。

サグラダ・ファミリアは完成までに300年はかかると言われていましたが、
建築技術の向上により、2026年の完成が見込まれています。

いずれにしても、壮大な建築物です。
100年以上経っても今もなお建築が続けられているなんて驚きです。

完成する頃には間違いなく設計者自身この世にはいない前提の設計。
これを設計した当初、設計者はどんな気持ちだったんだろうと思います。

そんな価値観もあるんだなと、目からうろこでした。
何かを目指すとき、自分が生きている間にすべて完成させること
だけではないということですからね。

このブログもそういう感じで、いつ完成するのか分からないまま
なんとなくスタートしました。(笑)

緑があふれ癒される森のようなブログを目指しています。
競争はなく人や動物が平和に暮らすちょっと不思議な世界です。

ここでは年齢や立場などは忘れて、いろんな人が自由に楽しく
過ごし、自分らしさをみつけるきっかけの場になればと思っています。

ゆる~くなが~く、今後ともよろしくお願いします!