fc2ブログ


私が高校生の頃だったと思いますが、天上の星の輝き、という作品を
国語の教科書で読んだのを今でも覚えています。

学生時代の国語の教科書の内容なんて正直ほとんど覚えていないのですが
数少ない覚えている作品の一つです。
ただ、本当にタイトルと内容をかすかに覚えているだけなんですけどね。

記憶が合っているかどうか分からないですけど、この作品では、著者の
学生時代の部活や勉学に励んでいる際の心情や風景が描かれていました。

部活は柔道部で、一生懸命努力して練習に励んでいましたが、
ある日、練習の後、寝ころんで夜空を見ると、自分たちの営みがなんて
ささやかで小さいものだろうと感じた、みたいな内容だったと思います。

ほとんど記憶が違っている可能性もありますが。(笑)

当時、高校生だった私はなぜか、この内容にとても心を打たれました。
それと、話の中で「己克」(こき)という言葉が出てきたのもすごく
印象に残っています。
己克は己に克つ(勝つ)、という意味です。
当時の私はほとんど自分を見失い、何のために生きているのかも
分からず、学生生活を過ごしていました。
その中でなんとか勉強や部活での競争に打ち勝たなきゃ自分の
未来はない、という不安感に押しつぶされそうな心境でした。
単なる受験のストレスというものとは少し違い、自分の中では
もっと深刻なものだったと思います。
競争するのが当たり前のような価値観の中で、たぶん精神的に
かなり追い詰められたいたのかもしれません。

そんな時に見た、己克という言葉には、何か心が救われた
ようなそんな気持ちにさせられました。
張りつめていた心がスーッと落ち着くような感じだったと思います。
もし、負けるな!もっと頑張れ!という言葉をかけられたら、
さらに追い詰められたようでつらかったかもしれません。
でも、この己克という言葉は、頑張れと似たような意味ながらも
不思議と追い詰められる気持ちにはならず、当時の自分を
なんとか奮い立たせて支えてくれる力があったように思います。
なので今でもこの言葉を覚えていたのでしょうね。

でも、この話ではもっと心を打たれたところがありました。
それは夜空の風景と心情です。
部活で一生懸命汗を流し努力している日常。
地上ではいろいろな人たちがそれぞれの思いで努力したり考えたり
行動したりして生きていますが、外で寝ころんで夜空を見ると、
地上での営みはなんて小さいんだろう気づかされます。
そんな風景と心情のコントラストが絶妙だと感じたのかもしれません。
私はひたすらその風景を思い浮かべ、自分の心情と重ねつつ、
物語の中に入った気分でもあったんでしょうね。

本当にいいな~って思える世界観。
今もかすかに記憶に残っているということは私自身そういう世界観が
きっと好きなんだろうなと思います。

この天上の星の輝きは、とてもシンプルな内容ですが、実はいろいろな
メッセージが込められていたようにも思います。
文学や哲学の世界の魅力も自然と感じさせてくれたような気もします。

調べてみると、著者は小説家の井上靖さんのようです。

私は文学も哲学も何の知識もないですが、もう一度この作品だけは
ぜひ読んでみたいです。
今読むとどういう印象を受けるのか、すごく興味深いです。


子供の頃、絵本などにあった『赤ずきんちゃん』覚えていますか?

私はなんとなくかわいらしいイメージの記憶だけが残っていました。

でも、よく思い出してみると、そうでもないようにも思えるんですよね。
狼がお婆さんを食べて、次に孫の赤ずきんちゃんを食べてしまう話という
ことで、なかなかハードな内容ですからね。(笑)
まあ、最後には二人とも狼のお腹から無事に脱出できたので、一応は
ハッピーエンドではあるんですが。

絵本ってどちらかというとほんわかしていて、血なまぐささみたいなのは
まったくなさそうですけど、案外そうでもないのかなと思いました。

考えたら日本の昔話なんかでも鬼が出てきて食われるとかあったような。
結構、残酷で怖いのも多いのかなという気もしてきました。

子供たちが学校や社会の中に出ていくためには、怖い現実もあるんだよって
教えてあげなきゃいけないってことですね。

中には、子供の頃にはそんな怖い現実、教えたくも見せたくもないっていう
親御さんもおられるのかもしれませんが。
ちなみに私は適度にそういう怖い現実は見せたほうが良いと思う派です。

絵本はほんわかかわいいだけじゃないんだなとあらためて思いました。(笑)


今月に入ってから、サイコパスという6年前にテレビで放送されていたアニメの
1期2期とも全部見ました。

ここでは詳しく感想は書かないですが、なかなか興味深くおもしろい内容でした。
今年には映画版も1月から3月にかけて3部構成で放映されるようです。


S001.jpg


それにしてもサイコパスという言葉。
ここ最近、何かとよく耳にするようになりました。

何かの番組で、脳科学者の中野信子さんもサイコパスのことを
熱く語っていたのが印象に残っています。
ただ、あまり良い話という印象ではなかったですが。
というのは、何かにつけて「サイコパスの人は」という表現が多く、
なんとなく差別的に聞こえたからです。
私は「そういう中野さんはサイコパスじゃないんですか?」と
心の中でつぶやいていました。(笑)

そもそもサイコパスって言葉自体がすごくあいまいに思うんです。
大雑把なイメージとしては、大きな犯罪をさらっとやってしまう、
もしくは今にもやってしまいそうな危険な人みたいな感じかな。

でも、それが生まれ持ってそうなのか、成長過程でそうなったのか
分からないし、普通の犯罪者や犯罪者予備軍とどう違うのかなど、
いま一つ実態がつかめないところもあります。

それにもかかわらず、サイコパスな人って決めつけて議論を
すること自体がなんとなくすごく危険だと思うんですよね。

ある意味、現代版、魔女狩りにつながるような気がします。
特に根拠もないのに「あいつはサイコパスだ!」みたいに皆が誰かを
悪者にして迫害するような。

そして、もしこの社会で権力者によって何らかのサイコパスの基準が
設けられて、実際にサイコパスの認定をされるようになったら・・・
想像しただけでぞっとしますね。

ちなみに、サイコパスのアニメでは、まさにそういった近未来の
社会が描かれていました。

でも、よくよく考えてみると、今の社会だって、ある基準が重視されて、
それに適応するもの、適応しないもの、ということで振り分けれて
いるような気がしませんか。

ある基準とは・・・

IQです。

IQが高いと学校の試験では良い結果を出すことができる
可能性が各段に高まるというのは感覚的に分かると思います。

よく学生時代に天才って言われていた人たちは試験の前に
トランプなどして遊んでいたりと余裕に過ごしていた光景が
なんとなく記憶の中にありませんか。
そのとおり、IQが高いということは、記憶能力や処理能力が
高いということなので、彼らにとって学校の試験問題は
簡単であり、余裕なわけなんですよ。
でも逆に考えてみると、学校の試験問題はIQの高い人にとって
有利な内容に設定されているから、余裕で当然とも言えます。
つまり学校や社会の中で、その人のランクを決めるために
IQが重視されているということですね。

でも、思えばなんでそんな方法で判断されてランクが決められて
しまうんだろう、もっと他の方法はなかったのかなって思いませんか。

感覚的な意見になりますけど、どうもIQでその人のランクを
決める社会には違和感を持ってしまうんですよね。

実際には、IQの高くない人でも社会に出てから成功して
世の中の役に立っていたりしていますからね。
逆にIQが高いのにたいして役に立ってない人もいますね。(笑)

社会に出てから本当に必要とされることはIQの高さではなく、
自分なりの夢や希望をみつけてその道を歩めるかどうかだと
思うんですけどね。

たとえば、宇宙探査機を作って他の惑星を探査してみたいって
いう夢を抱いてその道を歩んで成功している人が必ずしも
IQが高いとは限らない気がします。
IQの高さより、むしろ宇宙のことが好きでモチベーションを
高く持って取り組めるかどうか大事だと思うんです。

それでもこの社会の基準として活用され続けているIQ。

このままIQ至上主義のような社会を続けていると、近い将来、
パソコンやAIに支配されてしまうんじゃないでしょうかね。
記憶能力や処理能力だけを考えるなら人間よりパソコンや
AIのほうがはるかに上でしょうからね。
このあたりで、本当に社会に必要な考え方は何なのか見直して
いく時期なのかもしれないですね。

そんなことをサイコパスのアニメを見て考えてしまった私は
サイコパスなんでしょうか。(笑)


私は大学卒業後、新卒で会社員になりました。
でも会社員になってすぐに、なんで自分は花屋さんという道はなかったんだろう、って疑問を抱くようになりました。

特に花屋さんをしたかったわけでもなかったんですけどね。
雑貨屋さんでもなんでもよかったんですけど、私にとって会社員と真逆のイメージが花屋さんだったのかもしれないです。

そんなことで、自分はなんで花屋さんになるという選択肢はなく、会社員になったんだろうって思うようになりました。

そもそも自分はいつ会社員になるという道を選んだんだろうか。
いつも上司や同僚の顔色を伺ったり評価を気にしたりということに多くの時間を費やしている。
果たして花屋さんで働いている人はそうなんだろうか。
いや、そんなはずはない。
きっと、いちいち上司がどうとか同僚がどうとか、そんなことを考えることに多くの時間を割いていないはず。
大好きな花に囲まれて、どんなふうに飾ったらきれいに見えてお客さんが喜んでくれるのかな、ということを考えていると思う。

せっかく会社員になったばかりだというのに、当時思い浮かべていたのはそんなことばかり。
きっとその時点で、私は自分の人生を生きていなかったんだろうなと思います。
親なり先生なり、そういう人たちから言われるがまま、流されるままにに、気づけば会社員になってしまったのかもしれません。

操り人形とか道化師(ピエロ)だったんですよね、私は。

それにしても新入社員ほやほやの時にそう思ってしまったというのは、なかなかつらいものでした。(笑)

かといって、当時の私には私にはどうすることもできませんでした。
ただただ、花屋さんをしている人は自分とは人種がまったく違うのかなと思っていました。
私にとって花屋さんは未知の世界という感じでした。

もちろん花屋さんは未知な世界ではなく、そこで働く人はただ普通に花が好きで働いている、というだけなんですよね。
とても当たり前でシンプルなことだけど、私にはその感覚さえ分かりませんでした。
自分は何が好きなのか、ということから分かっていなかったわけですからね。

それほど私は閉ざされた価値観の中で生きてきたんだと思います。
今はようやくその価値観をポイっと捨てて、新しい価値観で自分の人生を歩むことができました。
新しい価値観へシフトするための調整期間は結構長いものになりましたが。

もし、今の自分の仕事に違和感を抱いているなら、花屋さんをイメージしてみることをおすすめします。(笑)
そうしたら、自分が本当に進むべき道が見えてくると思います。


昨日の国会での安倍総理と野党の岡田氏のやり取り。

「今の発言全く了解できませんよ。取り消しなさい!」(岡田氏)
「取り消しなさいと言われても取り消しません!」(安倍総理)

(安倍総理が「悪夢のような民主党政権」と言った発言に対してのやり取りです。)

これはもう子供同士の喧嘩を通り越して、カバとサイの喧嘩かと思いました。(笑)
何やっているんだか。

そんな話はさておき・・・
皆さんはカバにどんなイメージを持ってますか?(笑)

大きい。
のろい。
やさしい。
おもしろい。
のんびりしている。
人には襲い掛からない。

そういうイメージをお持ちの方が多いんじゃないでしょうかね。

大きいのは確かに大きいと思います。
ただ、それ以外はずいぶんイメージと違うようです。

実際のカバはとても狂暴だそうです。
カバは草食動物ですが、縄張り意識が強いため、侵入してきた者には容赦なく襲い掛かります。
草食動物なのに狂暴というだけで意外ですね。
そして怒った時は、ライオンであろうがワニであろうが大きな口で噛みついて撃退するほどのパワーを持っています。
実際、大人のカバの前では、大型のワニでもまるで子供の扱いという感じです。
また、カバに襲われて命を落としている人も多いと聞きます。
おまけに、カバは意外にも足が速く、なんと時速60キロほどで走ることができるそうです。
これでは車が追いかけてくる感じなので、人が全力で走っても逃げられませんね。

下手をすると一番強くて危険な動物はカバなのかもしれません。

でも・・・

カバはインパラ(バンビのような鹿のような?草食動物)が川でワニに襲われていたら、
岸まで口先でグイグイ押して逃がしてあげたりもするんですよね。
弱いものを助けてあげるカバって、やさしくて強くてかっこいい~!って思います。

かと思えば、逆に川を泳いでいるインパラにパクっと噛みついて殺してしまうこともあったり。
なんで!?って感じです。

まったくもって意味不明。
優しいのか狂暴なのかいまいちよくわからないカバ。
でも謎だらけで興味深いです。(笑)


自動車の自動運転(無人運転)の開発が各国で進められているそうです。
無人の自動車が普通に道を走っているなんて、夢のようですね。
その夢が現実になろうかとしています。

でも・・・
その前にやらなきゃいけないことを何か忘れてないか?って思います。

いまだに園児の列に車が突っ込んだり、ブレーキとアクセルの踏み違いで
暴走したり、などといったことが日常的に起こっています。
それによって死傷者も出ています。

まずはそういった人による運転ミスをカバーする技術の確立が先ではないでしょうか。
その技術さえ確立もしていないというのに、自動運転とかあり得ないです。
ちょっと前のめりになり過ぎだと思います。

今の段階で無理に自動運転を公道で走らせたら、とんでもないことになると思います。
たとえばハッキングでコンピュータウイルスに感染した自動運転の車によって、
どれだけの死傷者が出ることでしょう。

自動運転のテスト段階から既に危険ですよね。
それで一般市民が犠牲になるとか考えるだけで嫌です。

そもそも、なんで自動運転の開発を急ぐのかというと・・・
その背景には、たぶん技術開発の競争があるんでしょうね。
各国の威信をかけた戦いなんだろうなと思います。

一般市民の安全より競争に勝つことが優先される世の中。
競争、競争、競争。

なんだかなあ。

行き過ぎた競争がもたらす悲劇。
一旦立ち止まって冷静に考える必要があるんじゃないでしょうかね。


飛ぶのが苦手な鳥。
泳ぐのが苦手な魚。

あまり考えたことはなかったけど、ふとそんな鳥や魚はいるのかなって思いました。
特に鳥や魚だけに限ったことではなく、走るのが苦手だったりするイノシシやバッファローもいるのかなと思いました。

いると思います、たぶん。(笑)
人間にも足の速い人、普通の人、遅い人がいるのと同じかなと思った感じです。
感覚的にはその割合は2割、6割、2割といったところかな。

ただ、動物は飛んだり泳いだり走ったりが苦手ということより、負傷して思うように動けなくなることはよくあることだと思います。
たとえば、先ほどのバッファローなんかは、サバンナでは群れをなして川や草原をひたすら走りまくっているシーンを映像で見たことがあります。
でも、中には足を負傷してしまって群れから遅れをとっている、というシーンも見た記憶もあります。

そのバッファローの運命はというと・・・
やっぱりワニやライオンの餌食となっていました・・・・

ライオンだって負傷したらハイエナやリカオンのような小型の動物に捕食されてしまったりもするようです。
鳥や魚も同じで、たぶん負傷したら同じような運命になるでしょうね。
また周りより動きが鈍い場合には群れの最後尾になるため、天敵に追いつかれて捕食されることになることもイメージできます。

動物の世界では、負傷したり、生まれつき普通より動きが鈍かったりすると致命的だと思います。

ただ、そんな中でも、自分は普通とは違うことに気づいた動物がいたとしたらどうなんでしょう。
普通だったら群れをなして行動するところですが、自分はどうしてもその群れで動くスピードについていけない。
それを自分で分かっていたとしたら、群れにしがみつく生き方とは違う方法を模索するのではないでしょうか。

たとえば、巣穴を作ってそこを拠点に他の動物から襲われないように自分なりに生きるとか。
そうしているうちにカバが友達になって守ってくれたり。(笑)
自分は群れの中でしか生きられないと思い込んでいたけど、案外そうでもないなって気づいたりするのかもですね。

思えば人間の祖先だってそういう経緯をたどってきたわけなんですよね。
人間の祖先はもともと木の上で生活していた猿に過ぎなかったけど、木の上での生活に適さないわずかな猿が地上に降り立って生活していく中で、進化して人間になったと聞いたことがあります。

たぶん、木の上で生活するのが普通の猿にとって、そこでの生活に適さないことは致命的だったと思うんです。
たとえば、木の上での生活に馴染まずノロノロしていたら、ヒョウに襲われてしまったり。
他の猿はさっさと木から木へと器用に移動してヒョウから逃げられているのに、自分だけ逃げ遅れて食われてしまう・・・
でも、たぶん、そこで知恵を絞って生き方を変えた猿もいたということなんでしょうね。
木の上でこんなに苦労するんだったら、いっそのこと木の上から降りて地上で暮らしちゃえば良いんだと。
そして棒を持ったり、火を起こしたりして、猛獣から身を守るようになって安心できる暮らしを築いた、みたいな。
木の上では劣等生だったけど、自分に気づき、知恵を絞って見事に地上で理想的な生き方を手に入れたわけです。

たぶん、今を生きる人間も同じことなのかなと思います。
集団で生きることが苦手なら、集団から離れて生きるという選択肢があるんですよね。
もし苦手だと気づきながらも集団にしがみついていたらどうなるのかは、先ほどの動物のことで大体想像できますね。

いわゆる普通の人たちと自分は違うなと感じたり、いじめられて集団からのけものにされたりした人は、まず自分に気づき、集団から離れた生き方にシフトすることで道が開けるんだと思います。


人間関係で悩むこと。

これは時間の無駄でしかないと今では思います。

人間関係で悩むことは誰でもあることで、それを乗り越えると人間的に成長できそう、みたいな気もしますよね。
でも私は自分の人生振り返って、それで悩んでプラスになったことってほとんどなかったように思います。
あくまでも私の場合の話ですが。

もちろん、学校や職場などの組織の中に身を置いている場合には、人間関係で悩みたくなくても悩まされることもあります。
たとえば、いじめっ子からある日突然、いじめられるようになったとします。
すごい落ち込むし悔しいし、悩みますよね。

どうやったらいじめられずに済むのか。
なんとか仕返ししてギャフンと言わせてやろうか。
自分自身がもっと強くならなきゃ、などなど。

いろいろと悩んで考えると思います。
でもそれで悩んで何かプラスになったでしょうか?
まあ、せいぜいそのいじめっ子だけには一時的にいじめられなくなった、ということに過ぎないと思います。
それでまた違った形でいじめが再開される・・・
あれだけ長い時間悩んだのに残念ながらあまり解決にはなっていないんですよね。
もう生きる気力も失せてしまうと思います。
でも考えてみてほしいんです。
そのいじめっ子がどれだけ偉いというんでしょう。
まったく偉くもなんともないし、むしろ自分のうっぷんを力の弱いものや気の弱いものにぶつけているに過ぎませんよね。
また別の機会に書きたいと思いますけど、職場の上司や同僚からのいじめなんかも似たようなものなんです。
それと、いじめにまでは至らなくても、嫉妬などからちょっとしたいやがらせなんかもありますよね。
そういうのも長期に渡ると、軽いボディーブローのようにジワジワと効いて気が付けば内臓が大出血みたいなことになります。

いずれにしても、いじめやいやがらせはそんなくだらない感情から生まれているわけです。
集団の中での競争から生まれたひずみとも言えます。
それが人間関係の悩みの元・・・

ということで人間関係で悩むのは無駄なんです。

そんなくだらない相手にわずかでも人生の貴重な時間を費やされた時点で無駄ですからね。
無駄無駄無駄。

↑このせりふが言ってみたかった感じです。(笑)

でも思えば、世の中どれだけそんな無駄な時間を費やされて悩んでいる人がいるでしょうかね。
職場でも理不尽ないやがらせなんかに悩まされている人もいると思います。
正しいとか間違っているとか理屈なんか通用しないこともあると思います。
わけもわからずひたすら悩まされるだけの毎日。
ほんと無駄なんですよね。

ただ・・・
職場というのは、それも含めて仕事とも考えられます。
休憩時間の意味のない雑談なんかもそうです。
それに参加していないと仲間外れにされるから、嫌でも参加していたほうが良いんです。
人間関係で悩まされながらも、その中で生き残っていくスキルを磨く、みたいな感じです。
組織の中では、実務だけではなく人間関係をうまくこなすというのも仕事のように思います。

それじゃあ、やっぱり人間関係の悩みから逃れられないのか・・・って思いますよね。
大丈夫、逃れられます。
どうすればいいのか?

はい、組織から離れることです。
なんとシンプルな答え。(笑)

と言っても、いきなり学校とか会社を辞める形で逃げ出すのは危険なので焦らないでくださいね。

本当にしんどい時はとりあえず逃げてもいいけど、まずは休学や休職して一旦避難する形が良いと思います。
完全に逃げるときは逃げた先が安全かどうか考えて準備してからをおすすめします。
その間に組織に属さないで新しく生きる道を考えるという感じです。

ワニのいる川からとりあえず逃げたのに、やっと岸に着いたらライオンが待っていた、では意味がないですからね。(笑)
私自身の経験からそう思います。


「風の通り道」という曲、ご存知ですか?

ジブリアニメの「となりのトトロ」の中で使われている曲です。
これを少しばかり聞いていたら、あ~知ってるー!って気づくかも。
たぶん開始20秒あたりのところで。(笑)




子供にしか見えないトトロが本当に森や草原を自由に飛んで駆け巡っているような曲だと思います。
でもどこか切なさも感じるような、神秘的でもあるような絶妙なメロディ。
ずっと記憶に刻まれていて大好きな曲です。

この曲は久石譲さんの作曲です。
いまやジブリの音楽と言えば、この方っていう感じですね。
となりのトトロをきっかけにジブリファミリーの一員のようになられた印象があります。

実は当初、別の方が作曲した曲で、このアニメの製作が進められてたものの、どうもイメージに合わずしっくりこなかったそうです。
それで、久石譲さんに依頼したところ、ピタッとイメージに合ってこの曲に決まったようです。
うろ覚えですみませんが。

となりのトトロはキャラも話もインパクトあって素敵ですけど、音楽と映像もすごくマッチしていて素敵だと思うんですよね。
いろんな要素が絡み合って相乗効果となって、すごいパワーが生まれたのかもしれないです。

とにかく、このアニメはジブリのスタッフの皆さんが細部までこだわり、いろいろ試行錯誤されて生まれたものなんでしょうね。
その後、何十年にも渡って何回も放送され、毎回高視聴率を取るほど愛されるアニメになったのは偶然じゃなく必然だったのかなと思います。
もちろん私も大好きなアニメです。

あと、この曲には歌詞があったんです!

「森の奥で生まれた風が原っぱにひとり立つ楡の木♪」

なんとこの歌詞は宮崎駿さんが作詞されたそうです。
曲に合っていて良いんですよね~

この歌詞でこんな意外な方が歌われていたりもします。




こんなに皆から長く愛される作品って本当に憧れる~