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俳優の東出昌大さんが不倫騒動で世間から袋叩きに遭っていますね。
引退に追い込まれるほどの勢いを感じます。

これはもう社会現象レベルで怒りのうねりが渦巻いている感じですね。

でも正直なところ少し過剰な気もします。
確かに不倫はいけないことですけど、あえてすごく冷静になってみると、
ここまで叩かれることなのかなと思うところもあります。

こう書くと、私まで叩かれそうですが。(;'∀')

そもそも妻の杏さんは今回、世間に明るみに出る前から、東出さんの
不倫を察知していて何度も怒って謝罪させていたそうです。
なので、今回突然、不倫が発覚したということではないのですよね。

東出さんは不倫の常習犯だったわけです。

でも世間は東出さんはまじめで爽やかで不倫なんてするわけがないと
思っていたものだから、今回、裏切られたような気分になって、皆が
怒ってしまっているのかなという気がします。

まして、杏さんもまじめな上、良妻という感じで、同じくまじめそうな
東出さんとは理想の夫婦で、不倫なんてあり得ないというイメージが
あったと思います。

私もお二人のことはなんとなくそんなふうに思っていました。
なので、東出さんの不倫が発覚した時は意外に思いました。

また、不倫相手の唐川えりかさんは今は無名に近い感じなので、
余計になんでこの子なの?みたいな感じもありますね。

一方、本人たちは本当にそこまでショックを受けているのかというと
どうなんでしょう。

もし耐えがたいほどのショックを受けているなら、今回、世間に
明るみに出る前に、杏さんが東出さんの不倫に気づいた最初の段階で
既に離婚していたと思います。

でもお二人は今のところまだ離婚していません。
杏さんは、東出さんのことを大目に見て許してあげていたのですよね。
それにもかかわらず、東出さんは杏さんの優しさに甘んじて、何度も
同じことを繰り返したから、さすがの杏さんもブチ切れて別居に
なったそうです。
考えたら、その状況でも離婚ではなく別居で許していたのですよね。
別居して頭冷やして、やり直せる余地を残してあげていたわけです。

私たち一般人からしたら理解できないのかもしれないですが、俳優の
仕事では昔から不倫も芸の肥やし?みたいなところがありますよね。
杏さんのお父さんの渡辺謙さんもその感じですし。(^^;

なので、本人より、むしろ世間が勝手に暴走して怒りに怒っている
ように思います。
もちろん、本人も怒っているでしょうけど、そこまで怒っている
のかなと疑問に思うところも否めないのですよね。
先述したように本当に怒っていたら、既に即離婚なはずですからね。

本人たちの気持ちにかかわらず、こんなに世間で怒りのうねりが
起こってしまうのかある意味、不思議でもあります。

世間はメディアを通じて断片的でしか見ていない上に、もともと
作られていたまじめで爽やかなイメージがあったから、裏切られた
感が大きかったというのがあると思います。

それと・・・

今回の不倫では、人の中にある恐怖心を刺激してしまったのかなと
思うところもあります。

つまり、壊れることもないはずの理想の夫婦がある日突然、
ごく普通の子に壊されて、人生が暗転するという恐怖心ですね。

今回、東出さんの心は、残念ながら、妻の杏さんではなく、完全に
唐川さんのほうに行ってしまっていて、頭ではダメだと分かっていても
もう止められない感じだと思います。

相手の気持ち一つで一夜にして人生が暗転。

そんなことが絶対に起こってはいけないし、想像もしたくないという
気持ちがあると思います。
しかし、今回の不倫は、想像もしたくないことが身近にも起こり得る
という現実を見事なまでに見せつけてくれました。
ストレートに心の奥にある恐怖心を刺激されてしまったわけですね。
恋愛や結婚への依存度が強い人ほど、その恐怖心を強く感じる傾向が
あるのかもしれません。

以前にはベッキーの不倫騒動もありました。
ベッキーのような普通っぽい子があんなふうに突然、夫婦の仲を
引き裂くんだというのをリアルにみせつけられました。

まさに今回と同じですね。

たぶん、人は現実に起こり得る恐怖心が刺激された時、その恐怖心を
与えたきっかけとなる相手への怒りが沸々と湧き、それが連鎖して
大きな怒りのうねりとなるのではないかと思います。

と、ワイドショーを見ている主婦のような気分で書いてみました。(*^^)v


世の中の悩みのほとんどはお金で解決できるのではないか?と思うことがあります。

「何をおっしゃるうさぎさん」とツッコミたくなるかもしれませんね。( `ー´)ノ

確かにお金では解決しがたいこともあるにはあります。
でも、たとえば治らない難病を抱えた患者さんを救うにはどうすれば良いのかと
考えに考えると・・・

行きつく先はやっぱり「お金」になるんですよね。
自分の力ではもちろん治すこともできないし、それどころか、看護や介護も
継続的にやっていくとなると、プロの方々の力を借りなければいけません。
高価な医療や介護の機器が必要になることもあります。
そうなると、何よりもお金が必要になります。

またお金があれば、たとえば難病の治療法の研究に寄付することで
実際に完治できる治療法が完成するかもしれません。

いずれにしても、やっぱりお金が必要なんですよね。
駆けつけて励ましの言葉を100万回伝えるより、100万円をそっと渡せるほうが
たぶん、患者さんを精神的にも救えると思うんです。

一見ドライに思えるけど、現実的にはそうなのかなと。

ZOZOの創業者の前澤さんは今、批判を浴びていることが多いですけど
彼は難病の子に寄付したりもしているんですよね。
贅沢三昧にやっていてちょっと憎たらしいところも正直ありますけど
誰かを救えるかどうか、ということでいえば、今の私なんてとても
太刀打ちできないです。

それどころか、私はこれまで救うより救われてきたことのほうが
はるかに多いと思います。

救う側と救われる側。
救う側になるのか、あるいは救う側には一生なれないのか・・・
救う側になるためにはどうしたらいいのか。

救う側になれるように自分の足で歩めば良いんだと思います。
きっとそういうことだと思います。

ところで・・・
「何をおっしゃるうさぎさん」という表現。
これって、世間的に通用するのでしょうかね?

私としては普通に使われている表現だと思っていましたけど
皆さんは使っているでしょうか。

考えたら自信がなくなってきました。
そもそもなんで「うさぎさん」なんだろう?と疑問に思ったり。

ちょっと調べてみようと思います。(^^;


今日はなんとなく寒いなあと思っていたら、明日は関東方面などで雪が降る
ところもあるという天気予報でした。
どおりで寒いはずです。(^^;

明日はちょうどセンター試験の日なので雪が積もると学生さんも大変でしょうね。

センター試験といえば、これまで頑張って勉強してきたことが試される場ですね。
皆さん、良い結果になることを願っています。

そう願いつつ言うのもなんですが・・・

学生時代に勉強させてもらえることはありがたいけど、なんで競争まで
させられるのかなと最近ふと疑問に思うところがあります。

学校に皆集まって勉強をして、テストで試されて、順位を付けられます。
出来ない子はもっと頑張れと激を飛ばされ、競争を煽られます。

せっかくその勉強に興味を持っていた子も競争させられることによって劣等感を
抱いてしまい、結果的に勉強が嫌いになってしまうこともあるのではないでしょうか。
早々に興味ややる気の芽を摘み取ってしまっている気もします。

そもそもなんで勉強と競争がセットになっているのかなと思います。
シンプルに将来に役立つことを勉強する、ということだけではだめなのでしょうかね。

確かに社会は競争で成り立っている部分もあります。
でも人間が競争して行き着く先が、地球温暖化などの環境破壊だったとしたら
競争が前提になっている社会自体に問題があると言わざるを得ませんね。

競争して勝ち残ることが社会にとって本当に良いことなのかどうか、
人にとって本当に幸せなことなのかどうか、ここで立ち止まって考える時が
来ているのかもしれません。

なので、もし試験が思わしい結果ではなかった場合にも、そういう考え方を
すれば、その結果はむしろ、これからの時代により望まれる方向に導いて
くれるのではないでしょうか。

つまり、どのような結果でもOKということです!
頑張ってくださいね~(^O^)/


いつの頃からだったか、テレビを見ることが少なくなりました。

今はニュース番組を見る程度で、それ以外の番組はほとんど見ない感じです。
これがテレビ離れ、というものなのでしょうかね。

以前はたまに見ていた深夜アニメさえもほとんど見なくなりました。
代わりにネット動画で見ることが多いです。

そんな中、あまり見ていないけど、放送されると嬉しくなるアニメがあります。
それは・・・

ハイキューです。
高校バレーの漫画を元にしたアニメです。

今年1月から4期が放送されています。

5年ほど前に人に勧められて見始めたのですが、正直、1期から
見たのか2期から見たのかさえ、記憶にもない感じです。
しかも、見たり見なかったり、見ても途中までしか見なかったり。

なので、ストーリーもキャラもまだ把握し切れていません。

でも・・・

ハイキューがアニメで放送されると知ると不思議と嬉しくなります。

先日始まった4期の1話目を見ました。
久しぶりにあの独特の素朴さを実感して、こんな感じだったな~と思いました。(^^)

スポーツ系のアニメによくある激しさみたいなのがあまりないんですよね。
黒子のバスケの赤司さまのような強烈なキャラもいません。
シンプルに高校の部活を再現しているという感じです。

しかも、ハイキューの舞台は宮城県なんです。
宮城県というと我が聖地・仙台が真っ先に思い浮かびますけど、舞台が仙台か
どうかまでは定かではないです。

でも仙台のある宮城県だと思うだけでも個人的には嬉しいです。
たぶん東北地方が舞台になるアニメは珍しいと思います。
独特の素朴さはそういうところにも起因しているのかなと思います。

今回も全部見るのかどうかも分からないけど、放送が始まったことが嬉しいです。
こんなふうに見なくても嬉しいアニメなんてなかなかないと思います。
この感覚は一体何なのか・・・

今やハイキューは私にとって貴重なアニメの一つとなっています。


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◇ハイキュー


逃げる時の表現として「脱兎の如く」という言葉がありますね。
もっと逃げ足の速そうな動物がたくさんいるはずだと思うけど
なんで兎なんでしょうかね。(^^;

それはさておき、カルロス・ゴーン氏はまさにその言葉通りの
逃亡劇でしたね。
保釈中に日本から逃亡して今はレバノンに逃れているようです。

なんだか犯人に逃げられた時のような悔しい心境の人も多いの
ではないでしょうか。
ゴーン氏は自分だけ企業報酬をガッポリ得て贅沢三昧の暮らしを
していたイメージもあるので、余計に憎たらしく思ってしまうところも
あるのかもしれませんね。

私も基本的にはそういう心境ではありますけど、一方でゴーン氏に
同情する気持ちもあります。

というのは、一度、検察に目を付けられて法廷に上げられてしまうと、
おそらく検察、弁護士、裁判官、それぞれの権力の道具のように
扱われてしまうところがあると思うからです。

本当は悪くないのに、裁く側の権力闘争の中で、強引に犯人に仕立て
上げられるということは裁判の中では現実として頻繁に起こっていると
感じさせられることがよくあります。
いわゆる冤罪ですね。
たとえば、痴漢や万引きなどの冤罪などもその一例です。
実際にはやっていないのに、誰かにこの人がやりました!と声を
上げられてしまったことで、容疑をかけられたら最後、裁判にかけられ
気づけば犯人になってしまう、みたいな。

検察からすれば、一度犯人だと疑った者には、何が何でも犯人として
牢獄に閉じ込めたいわけです。
それは自分たちの仕事の正しさを証明して評価を上げるためです。
弁護士も同じだと思います。
無罪請負人、といった弁護士がいるということ自体、変な話ですね。
事実とは関係なく、手腕によって黒を白にしてしまうわけですからね。

その中で、裁判官は本来、中立でなければいけないですが、何らかの
権力からの圧力があれば、流されてしまうことがありそうに思います。
たとえば裁判官が自身の保身や昇進のために、権力からの圧力に
屈して、事実とは異なる判決を下してしまうということも考えられます。

また、ゴーン氏の場合、大企業や政治まで関わっているので、さらに
多くの権力が複雑に絡む状況だと思います。

そうなればもはや権力のどす黒い渦という感じですね。

ゴーン氏の逃亡は許されるものではないですけど、もし、自分自身が
真実と異なる容疑をかけられ、法廷に上げられてしまった状況を
想像すると、同情する気持ちも自然と湧きます。

ゴーン氏はまもなくレバノンで会見を行なうようです。
権力のどす黒い渦が本当にあったなら、この際、洗いざらい実態を
暴いてほしいものです。


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします(*^▽^*)

2020年1月1日。
このブログを始めてちょうど一年になりました。

始めた時、1年後にどうなっているのかなんてまったく
分からなかったですけど、おかげさまで今も続いています。

「諸君、明日はもっといいものをつくろう」

新年早々、唐突に何なんだ?という感じですよね。
これはサグラダ・ファミリアの2代目建築家のガウディが職人たちに
かけた言葉なんです。

と言われてもサグラダ・ファミリアというのも2代目建築家というのも
一体何なのか知らないという人も多いかもしれませんね。

私も一昨年までまったく知りませんでした。
人からその言葉を初めて聞き、深く気にも留めていなかったのですが、
気づけば、このブログの初回記事でそのことを書いて歩み出しました。

簡単に言うと、サグラダ・ファミリアは何世紀にも渡って建築が続け
られているいまだ未完成の建築物です。

未完成ですがいずれの時代にも人が出入りできる形にはなっています。
つまり、それぞれの時代で常に完成しており、完成した上にさらに
拡張しながら次世代へと完成を続けていくという感じです。

ガウディの「諸君、明日はもっといいものをつくろう」という言葉は、
言葉だけを見ると、少し上から目線で偉そうであり、現状に不満を
感じているようなマイナスな印象を受けるところもあるかと思います。

しかし、それがサグラダ・ファミリアという建築物を手掛けた人の
言葉だというのを知ると、むしろとても前向きで、なんて人に希望を
与える良い言葉なんだろう、という印象に転じるから不思議です。

人生でずっと追い求めることがあるというのは、なんて幸せなこと
なんだろうと思わせてくれます。

忘れてはいけないのは、サグラダ・ファミリアはスタートの時点で、
おそらく、この先ずっと拡張していくために、しっかりとしていて
なおかつ柔軟な土台が築かれていたことだと思います。

そういうものを作り上げた初代はすごいとしか言いようがありません。

私はもともと「大器晩成」という言葉が好きでした。

立派な器ほどゆっくりと時間をかけてつくられるものなので、
結果を急がず、焦らずコツコツやっていけば大きく花開くという
希望を与えてくれる気がするからです。

しかし、今は「明日はもっといいものをつくろう」という言葉が
「大器晩成」を超越するものかもしれないと思うようになりました。
人生の枠を越えて追求していく考え方ですからね。

今年、私はその言葉のようにずっと続けていける土台を築くことが
できるのかどうか・・・

当然できるという信念と覚悟を持って歩みたいと思います。(*^^)v