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今、日本で生まれて暮らしている人は皆、競争が当たり前の
世の中で過ごしてきたと思います。

もちろん、私自身もそうです。

学校でも会社でも、勝たないと生き残れない、そんな焦りと恐怖の中、
なんとか打ち勝って生き残ろうと頑張ってきたと思います。

でも、そんな当たり前のことが大きく変わろうとしていますね。
それがまさか未知のウイルスがきっかけになるとは予想外でしたが。

今、休業するところとできないところ、明確に分かれています。
たとえば、スーパーでは人手が足らないということで多くの従業員を
募集しています。

そのように、こういう時に不謹慎かもしれないですが、ごくわずかの
業界では、一気にお金が流れ込みます。

おそらくこれからもその傾向は続くと思います。

思えば、新型コロナが広がる前にも、たとえば、アマゾンなどの
一部の大手企業だけが勝ち、富を独占している状況になりつつ
ありましたね。

その波に飲みこまれて廃業していった企業や自営業なども多かったと
思います。
廃業したとしても、大手企業で雇ってもらえるのであれば、まだ
よいのかもしれません。
しかし、残念ながら、ほとんどの大手企業はAIやロボットによる
自動化を進めているため、年々、人間の従業員を必要としなくなって
しまっています。
つまり、AIやロボットに多くの人が仕事を奪われるということです。

そういう世の中になってきていたところで、新型コロナによって
ダメ押しのような形になってしまいました。
今の状況はある意味、それが行き着いた最終地点かもしれません。

そうなると、一か所に集中した富を配分する必要が生じます。
近年、たまに耳にするようになったベーシックインカムの仕組みも
現実味を帯びてきました。

ベーシックインカムは簡単に言えば、すべての人に一律で月8万円など
最低のお金を与えることを約束するというものです。
生活保護などを廃止して、その代わりに一律で8万円を与えて、
それ以上頑張って稼ぎたい人は稼げばいいし、8万円でも充分という
人は働かないでもいい、という感じです。

それが良いか悪いかはよく分からないですけど、今、一律10万円を
給付する話は、まさにベーシックインカムを予感する流れだと思います。

これはもう、これまでの考え方や価値観が完全に変わる時が一気に
来てしまったのかもしれませんね。

競争が当たり前の中で生きてきた私たちですが、競争の行き着く先が
富の一極集中であったり、AIやロボットに仕事を奪われることであった
ならば、社会の仕組みを改める必要があります。

どのように改めるのか・・・

競争から共存へ。

たぶん、これからは共存の社会になるのではないでしょうか。
競い合うのではなく、それぞれの個性を活かして共に認め合う社会です。
学校や会社、世の中すべてがそうなっていくような気がします。

これはある意味、社会の進化だと思います。
素晴らしい時代の幕開けです。
そう思って今の状況も希望を持って過ごしていきたいですね!


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やはり宮崎駿監督はすごいなあとあらためて思います。

宮崎駿監督の作品『風の谷のナウシカ』に出てくる世界は
「腐海の森」と呼ばれますが、まるで未来を予測していた
ようで驚かされます。


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◇腐海の森


まさに新型コロナのウイルスが蔓延してマスク姿で歩く
世の中は、腐海の森で生きる人そのものに思います。

ただ、宮崎駿監督はおそらく、放射能汚染をイメージして、
腐海の森を描かれたのかもしれないですが、状況としては
両方ともかなり近いものがありますね。

福島やチェルノブイリでの原発事故による放射能汚染後の
周辺の世界もまさに腐海の森のようでもあります。

新型コロナも放射能汚染も人や社会ににもたらす影響では
非常に近いものを感じます。

しかし、街から人が消え、経済活動がストップしたことで、
CO2の減少、酸性雨、大気汚染や海洋汚染なども減少し
本来の自然が蘇る傾向もみられます。

動植物は人間がいなくなったことで、独自に進化を遂げる
という動きもみられるのかもしれませんね。

私が『風の谷のナウシカ』を見たのはかなり昔です。
実は『となりのトトロ』のほうが圧倒的に好きですが、
『風の谷のナウシカ』も印象には強く残っています。

今、まさにその世界が訪れていることへの驚きとある種の
怖さを感じます。

人間のせいで変わってしまった世界を私たちはどう受け
留めて生きていくべきなのでしょうか。
行き過ぎた経済活動や競争社会を見直す時なのでしょうか。


世の中で苦難で満ちている中、何か神掛かったように奇跡的に
守られているような場所が不思議と存在するものですね。

岩手県です。

新型コロナの感染者が全国で広がっているにもかかわらず、
今の時点(4月15日現在)で、唯一、岩手県の感染者はゼロです。

鳥取県も最近までゼロで持ちこたえていたようですが、ついに
力尽きて、先日感染者が出ました。

ということで、残るは岩手県のみとなりました。

いまだに感染者がゼロなのは、人口密度が低いからとか、
若者が少ないからとか、いろいろな理由があるとは思います。

でも私はあれが一番の理由だと直感的に浮かびました。

座敷童(ざしきわらし)です。

おそらく岩手県のすべての家やビルなどの建物すべてには
座敷童が住みついて、そこにいる人を守ってくれているの
だと思いました。

なんか良いな~と思いました。

とはいえ、今日は岩手県内で診察していた医師が、県外で
感染が判明したそうなので、いよいよ岩手県も力尽きるのか
という感じです。

座敷童がんばれ~

それにしても、岩手県の風景は素晴らしいですね。
「岩手県 風景」で画像検索してみると、それはそれはもう
素朴にして抜群の風景ばかりでした。

思わずしばし見惚れてしまっていました。
ものすごくやさしく癒されます。
私が求めている世界がそこにあったという印象です。

一つ一つの何かがつながっていき、心の中でそこに
たどり着いたのかもしれません。


◇岩手県の風景(画像検索結果)はこちら


自分の記憶の奥底に眠っているものは何かのきっかけで
呼び起こされることはあるものですね。

ここ最近、水木しげる先生が描いたアマビエ様の絵の
話題が世間で沸き起こりました。

水木しげる先生といえば、ゲゲゲの鬼太郎の妖怪ですね。
妖怪と言えば・・・

座敷童。

漢字で書くと一瞬何か分からないかもしれないですね。
ざしきわらしです。

たぶん皆さんもなんとなく聞いたことはあるとは思います。

座敷童は岩手県を中心に言い伝えられている妖怪です。
子供にしか見えず、大人には見えません。
どこかで聞いたことありますね。(^^)
それが家に住み着くとその家の人は幸せになり、逆に追い
出すと不幸になると言われています。

10数年前に知り合いが東北地方にある座敷童のいる宿に
旅してきたことをブログに書いていて、とてもうらやましく
思ったことがありました。

その宿は岩手県だったか山形県だったかは忘れたのですが
東北地方というのは確かだと思います。

私が座敷童のことを初めて知ったのは小学生の頃でした。
妖怪大図鑑(だったと思う)という水木しげる先生の妖怪の
絵と解説が載っていた本を読んで知りました。

何に惹かれたのかは、はっきりしなかったのですけど
たぶん、何か強いファンタジーを感じたのだと思います。
ひとことでは表せない何かが詰め込まれています。

ただ、水木しげる先生が描いた座敷童の絵は何これ?と
いう印象です。
座敷童は名前のイメージだと子供っぽい姿だと思いますが
子供のような子供ではないような、というかそもそも人間の
ようで人間ではない、それはもう不思議な姿でした。
まあ、そもそもが妖怪なのだからでしょうけどね。

でもおかげでその後も私の記憶の奥底に残り続けました。
でも熱烈な感じではなく、静かに残り続けた感じです。
きっと潜在的な何かと共鳴していたのだと思います。

そして、最近またその記憶の奥底の目を覚ましたようです。
無理に起こそうとしたのではなく自然な感じです。
なので、とても心地よい静かな感激があります。

先述のように座敷童は東北、岩手県の妖怪なのですよね。
偶然ですが、ハイキューというアニメをこれまた何気なく
見ていたりしたのですが、この原作者は岩手県出身でした。
ハイキューは宮城県が舞台なのですが、原作者は故郷の
岩手県の風景を思い浮かべながら描いたそうです。

それは後で知ったことなのですけど、不思議と座敷童を
再び思い出させる流れだったのかなと思います。
自分の心の中で久々に再開したという感じです。

座敷童。
私が求め続けている世界の要素の一つなのでしょうか。
それを考えるだけでも気分の高まりを感じます。


◇座敷童の絵
ネットで探したところみつけました!
しかも、座敷童が載っていた本の表紙までみつけました!

https://ameblo.jp/atreyu7/image-11583718119-12629503699.html
https://ameblo.jp/atreyu7/image-11583718119-12629503697.html

私が子供の頃に見た妖怪の本はまさにそれだと思われます。
(ということは、最初に書いた「妖怪大図鑑」というタイトルの
私の記憶は間違いで、正しくは「妖怪なんでも入門」でした。)


なんかくだらないですけど妙に好きな言葉。

「勝利の方程式」

この言葉を初めて聞いたのはいつだったかな。
たぶん、かなり昔。(^^)

プロ野球の先発の投手から、お決りの中継ぎの投手に
交代して、最後はまたお決りの抑えの投手に交代して、
手堅く勝利する流れを表現する際に実況アナウンサーが
「勝利の方程式!」と言っていた記憶があります。

ほんとくだらないですよね。(^^)
でもたぶん一生忘れることのない言葉になりました。

仕事であれ夢であれ、何かを実現するために
「勝利の方程式」を確立できたらどれほど楽しい
だろうなと思います。

これとこれをやれば確実に成功する!みたいな。

はまれば本当にウキウキとテンション上がりっぱなしに
なること間違いなしだと思います。

新しく何かを始める時なんかは、まったく何もない
ところから作っていくことになるので、何をどうして
よいかも分からず、手さぐり状態が続きます。

でもやがて、成功への道が見えて来た時に、きっとその
「勝利の方程式」というものが見えてくるのだと思います。

今、とりまく環境はいろいろと厳しいものがありますけど
それに打ち勝つには、「勝利の方程式」をみつけられるか
どうかにかかっていると最近思うところがあります。

皆さんもぜひ「勝利の方程式」をみつけませんか!


学校では仲よく学び、職場では協力して仕事をする。

そんな当たり前のことが今変わろうとしていますね。
新型コロナは社会そのものを変えてしまう威力があるように
感じさせられます。

『換気の悪い密閉空間』
『多くの人が密集』
『近距離での密接した会話』

先日、東京都の小池知事が発表した「3つの密」を避ける
生活を守るためには、学校や職場では過ごすことすらできない、
ということになります。

もちろん、新型コロナが蔓延している状況下なので、
一時的な措置という意味ではあるとは思います。

ただ、新型コロナは下手をすると1年、2年といった長期間に
わたって蔓延する可能性もあります。
思えば、今年2月あたりから日本で蔓延し始めて、既に4月の
半ばになろうかという時期にも、いまだピークに向かっている
気配があり、かなり長期間の措置になる可能性があります。
また、一旦、収束したとしても、また復活して蔓延するかも
しれません。

そうなると、もはや一時的な措置とは言えず、むしろそれが
社会の標準となってしまいそうです。

そのような中、テレワーク、オンライン授業といったものが
早くも活発化していますね。
おそらく今回をきっかけにかなり進むと思います。

特に日本では集団での授業や仕事が重視されてきましたが、
これからは、個にスポットが当たることになりそうですね。

集団ではどうしても周りに合わせることに重きが置かれます。
一方、個にスポットが当たるということは、その人それぞれの
個性に重きが置かれることになります。

まったくこれまでと逆の価値観の社会ということになりますね。

いろいろと不安もありますが、前向きにとらえて、個性を
活かす生き方にシフトするのも良いかもしれませんね。


今の中学校ではダンスが必修科目になっているそうですね。

もちろん、私が中学生の頃はダンスはありませんでした。
鉄棒とか短距離走など必修だったのかどうか忘れましたけど、
授業の中でそういうのをしていた記憶はあります。

しかしダンスは・・・
正直きつい感じがします。
もし、当時にダンスが必修だったら不登校になっていたかも。(^^;

かといって、たとえばバドミントンはOKでダンスがダメという
理由もないのでダンスが必修というのは全否定はできないですが・・・

時代の変化というか何というか・・・

せめて必修科目ではなく、選択科目だったら良いのですけどね。

ダンスのきついところは、音楽に合わせたり、団体だと
周りにも合わせたりしないといけないところだと思います。

バドミントンの場合は苦手だったとしても、単に勝負に負けて
自分は下手だし仕方ないなあ、ということで終わります。

ただ、ダンスの場合は、魅せる要素があるので、下手だと
周りから笑われたりして自信をなくしそうなのですよね。
しかも団体だと、周りの足を引っ張れば、自分で自分を
責めて自信が地の底まで落ちてしまいそうな気がします。
ある意味、何の罰ゲーム?みたいな。

これは、間違いなくダンスが苦手で嫌いな生徒には
半端なく憂鬱な時間になるでしょうね。
下手をするといじめや不登校の原因にもなるような・・・

ダンスの必修科目化。
これはちょっとちょっと何だろう、何か引っかかるなあ。

一つだけ中学生に言いたいのは、ダンスができなくても
将来何の心配もないし大丈夫だからね!という感じかな。(^^;